森田季節という天才

映画を見終わったあとの第一声が「感動した」とかいうボキャブラリーの貧困な人間は、左女牛明海さんからすればもはや会話を避けるに足る存在であり、畠山チャチャさんなら恐らく死ねばいいのに的な毒舌を入れてくるであろう存在であり、つまりさ、「感動した」とか「素晴らしい」とか、それって自身の感情に対する自身の言語の敗北であり、自身の言語の疲弊の表れでもあるわけじゃないですか。もうちょっと脳みそが優れていれば、それ自体を優れた言葉で言えるはずだ。それをいえないどころか、ましてや、とある作家さんを捕まえて「天才!」と叫ぶなど、もう疲弊の極み、敗北の極みですよ。敗北の極みですよ。大事なことなので二回言いましたですよ。敗北ですよ、敗北!すべてにおいて。ええ、別に戦ってもいませんが、しかし、戦ってもいないのにわたしは敗北してしまったのです。プレイボールの前に既にコールドゲームだったのです。それほどの敗北、つまり敗北の極み。だからあえて言おう、天才だ、森田季節は天才だ!


えっとまあ、なんかわけわかんない言からはじめちゃいましたが、いやもう一ヶ月以上前から言いたいの我慢していたので、何かが崩れてしまったのですよ。それはともかく。もうね、凄いです。ネタバレにならないように言いますと、読者の視座、これにやられてしまったのです。注意して読まないと見逃すかもしれません。読んだけど読者の視座がどーしたの、という方は、是非もう一度読み直してみてください。あ、ちなみにわたしは、何故か再読で(再読でも)泣いてしまいました。
彼女たちと同じものを見えてるようで見えていない、共に戦えてるようで戦えていない、同じところに向かえているようで向かえていない。では「彼女たち」以外のどこかにその視座があるかというと、非常にあるっぽく――というか、常に、どこかしらにはあります。そしてだからこそ、常にどこからしらにあるからこそ、必ず”同じになれない”。最終的には、読者が確固として孤立した/自律した視座を獲得していることを、非情なことに理解するしかない。なにせそこは孤独なのですから。えっと、今している話は、『ベネズエラ』>『プリビ』>『原点』の順で当て嵌まり度が高まっているお話なんですが、これはヤバイです。ベネズエラのラスト、250Pでのあの孤立、あるいは、プリビでのわたしたちから離れていくあの戦いに向かう姿勢、もうこの辺は、驚愕抜きでは、涙なしでは語りえません。そりゃ天才とか言っちゃうよ。


もうちょっと分かりやすい部分を語りますと、やはり「キャラクター」と「文章」がもの凄いです。

俗に「キャラクター小説」などと呼ばれているライトノベルですが……ですがというか、ですので、と言うべきでしょうか。森田季節さんの小説には、個性的かつ立っているかつ魅力的かつ圧倒的、そんな一騎当千八面六臂なキャラクターが揃っております。たとえば、『原点回帰ウォーカーズ』なんて、もう個性的キャラクターの見本市と言いたくなるほどです。変人奇人揃い踏み、キャラが立ってるなんてものではない、他ではなかなかお目にかかれないヘンテコどもが大量発生で、そんな奴らの絡み合いは、わたしたち読者をよりヘンテコな領域に連れて行ってくれること請け合いです。
表面上の設定での個性(たとえば霊能力とか格闘王とか変身ヒーローとか腹黒奇才ちっちゃい子とかドS、『プリビ』でしたら毒舌娘や男の娘的な男の子)もさることながら、なにより、それを輝かす文章の筆致が恐ろしいほど冴えています。たとえば、天才小説家設定の子が書いた短編小説を、作中で載せて、それの持つ面白さにより、その子の天才小説家っぷりが際立つとか、たとえば、作中で「長方形っぽい口調」と言われた子、その子のセリフをよくみてみると、なんと全部紙面の上で本当に「長方形」を成していた(一番下まできっちりと埋まって長方形になっている)とか。……と、そういう飛び道具的なものも当然さることながら、それ以前に、やはり文章が素晴らしいのです。細かい表現、ひとつひとつの文章が、いちいち、素晴らしい。ここでこのキャラクターがこういう口調でそういうことを言うことに、ここでモノローグがそういう内容をああいう文体で告げることに、ひとつひとつ、素晴らしい厚みが篭っています。そしてそれが、全体の重みを積み上げる。
だから先に書いた「視座」みたいなものも生きてくるのです。

ベネズエラ・ビター・マイ・スウィート (MF文庫J)ベネズエラ・ビター・マイ・スウィート (MF文庫J)
(2008/09)
森田 季節

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さて、今現在、森田季節さんの小説は三作品刊行されています。まずデビュー作の『ベネズエラ』。ネットで見れるあらすじ、または裏表紙のあらすじを見ていただくと、なんか重いつうか暗いつうか憂鬱系? という雰囲気漂いまくっていますが、実際の中身は別段そんなことはございません。いやそういう方向もあるんですが、そこまでそうではありません。重く、ストレートで、最後ちょっと落ちる。それゆえ、ずしっと、わたしたちのミットに響きます。

プリンセス・ビター・マイ・スウィート (MF文庫J)プリンセス・ビター・マイ・スウィート (MF文庫J)
(2008/12)
森田 季節

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2作目、『プリビ』。『ベネズエラ』系列の作品で、続編ではあるのですが、そこまで密な繋がりを持った続編ではない(たとえば主人公格は前作と違うとか)ので、こちらから読み始めるのもありでしょう。というか、一作目はガチで重い直球ストレートに見せかけて最後ちょっと落ちるフォークボールという、なかなか読んでる最中に疲れる作品でもあるので、軽快で洒脱でとにかくチャチャが可愛くてあとみつ子ちゃんも可愛いですねーな『プリビ』から読むのもありかもしれません。1作目とは色合いの異なる、単に掛け合いを聞いてるだけでも楽しい作品ですので、『ベネズエラ』がダメだった人もこっちなら意外と合ったりするんじゃないでしょうか。

原点回帰ウォーカーズ (MF文庫J)原点回帰ウォーカーズ (MF文庫J)
(2009/01)
森田 季節

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ベネズエラ』がちょっと落ちるフォーク、『プリビ』が軽快なストレートなら、『原点回帰』は思いっきりの良いスローカーブ。あるいはナックルボールなのかも。異色なので、これを最初に読むのはあまりオススメできないかもしれないですー……が、これはこれで面白いので、これが最初でもいいかもしんない。様々な個性的なキャラクターが様々な個性的な掛け合いを様々な個性的な文脈上で行うことにより様々な個性的な瞬間が現出する、異様なパーティーのような大部分と、ちょっとした心強さが回帰した原点と対峙する、そんなステキな異色な彩りの作品です。


ということでー、森田季節さん。「天才」という言葉は、その中身をどう取り繕っても何を獲得しても埋めえない点から、どうしようもないし何も正しくないしどれも表せていない表現ではあるのですが、ただただ言語に敗北してわたしの気分や感情を申し上げてしまえば、そんなくだらない一句に収まってしまうのです。だから、敢えて。天才です、と、最後にもう一回、明海さんに嫌われるようなこと言っとく。